るでしょう。私のためじゃアないのですよ。碌々たる私の一生でしたが、一つぐらい、ほめられることもしておきたいと思いましてね。いまわの感傷にすぎませんがね」
 それが野口のカンにさわった。彼はさりげなく微笑して、
「とんでもないことです。そんな国宝的な品物はお預りできません。保管の責任がもてません。私はズボラですから」
「いえ、責任をもっていただく必要はありません」
「ダメ。ダメ。あなたがそう仰有っても、戦火で焼くとか、紛失するとか、してごらんなさい。野口はくだらぬ私物を大事にして、人から托された国宝的な図書を焼いてしまった、と後世に悪名を残すのは私ですよ。それほど学術的価値のあるものでしたら、文部省とか、大学などに保管を托されることですな。そんな物騒な高級品は、私のような凡人の気楽な家庭へ、とても同居を許されません。意地が悪いようですが、堅くおことわり致しますよ」
 亮作は無言であった。その悄然たる有様に野口は慈愛の眼差しをそそいだ。
「ねえ、梅村さん。あなたは間違ってやしませんか。命あってのモノダネですよ。あなたがどんな貴重な図書をお持ちか知れませんが、失礼ですが、小学教員のあなたが、
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