えた。やがて苦笑して、首を横にふった。
「御依頼に応じかねますな。たった四間の掘立小屋ですよ。ウチの家族だけで、はみだしてしまいますよ」
「軽井沢でも結構ですが」
「あれは人に貸しています」
野口は嘘をついた。
彼は軽井沢と伊東に別荘を持っていた。それは彼の多年の夢想であった。夏は北方の山荘に暑気をさけ、冬は南海の別荘に正月をむかえる。
その夢が手ごたえもなく実現してしまったのだった。
軽井沢は住みてを失い安値に売りにでたのを買ったもので、中流の立派な別荘であった。
伊東には手ごろの別荘の売物がなかったが、温泉のでる土地を買った。そこは駅から成年男子で四十分以上も平野の奥へ行きつめたところで、わずかな平地を残して三方は山にかこまれ、人家はほとんどなかった。
畑の中に温泉が湧きでていた。その野天温泉と、それを中心にした二町歩ほどの田畑を買った。
伊東の駅にちかいところは人家が密集して、もう発展の余地がない。未来の繁栄は奥手の発展にかかっている。奥へ行くほど泉質もよかった。
今は人煙まれなドンヅマリだが、戦争がすんで遊山気分がおこると、遊楽地帯の発展ぐらい急速なものはない。
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