つくのであった。
「なにを言うんでしょうね。あなたは。よくも、まア、羞しげもなく、そんなことを。私はB29[#「29」は縦中横]に依頼して、この本だけは焼き払ってもらいたいと思っていますよ。考えてもごらんなさいよ。この本のおかげで、私は一生を棒にふったようなものよ。どんなに泣かされたか知れません。あなたは、よくも、まア、ガラクタ本を焼き払う気にならないものですね。人を散々泣かせて、三文の得にもならないどころか、笑いものになったばかしじゃありませんか。この本の一冊ごとに、あなたが低脳だという刻印が捺してあるのですよ。低脳の証拠を毎日眺めて平気でいられるのがフシギですよ。どこまで低脳だか、分りゃしない。私や克子がともかく生きていられたのは、大伯母さまのおかげです。さもなければ、本のために母子心中していますとも」
 信子の偽らぬ気持であった。克子にはきき古りた愚痴である。これをきかされるために生れてきたかのように、ウンザリさせられてもいる。信子の語気は激しかったが、克子の耳には陳腐なクリゴトで、なんの興もそそられなかった。
「お父さんは、どこへ疎開するの」
 克子がきいた。
 皮肉な思いは含
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