まれていない。同じところへ父が疎開するはずのないこと、そして、それが当然であることを信じているだけの話であった。父の行先に、ちょッと興味があるだけである。
「疎開する所があるものですか」
 信子の攻撃がつづく。
 亮作はちょッと首をすくめて、困惑した薄笑いをうかべた。
「どこへ行く必要もないがね。そろそろ皇軍の総反撃のはじまるころだ。今ごろ、はじまっているかも知れん。敵さんの物力で半永久的な飛行場をつくらせてから、とりかえす。すこし手がかかるが、物量を節約するには、こんなこともせにゃならん。作戦は計画通りいっとる」
 日本の反撃は亮作の反撃であった。彼の顔色は、ちょッと得意にかがやく。これが彼の為しうる唯一の執拗な反撃であり、仕返しなのである。
 克子はそんな子供じみた仕返しに興味がなかった。
「じゃア、疎開しないの?」
 自分の興味だけ追求する。
「疎開するところがないからなのよ。負け惜しみッてことが分らないのかね」
「いいじゃないの。きいてみたって」
「きくだけ、ヤボよ」
「でも、ききたいわね」
「きいて、どうするのね」
「この本の保管托されてさ。なんの役にも立たなかったガラクタだ
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