たが、戦争がはげしくなり克子への食糧が大伯母から届けられるようになると、そのもの自体の恩恵に浴することは稀れであっても、配給の食糧をかなり豊富にとることができて、亮作も間接の恩恵に浴することができた。
母と娘は、夜毎に疎開の荷造りをしていた。荷物の送り先は、もちろん大伯母のもとであり、亮作の品物がその荷造りから一切はぶかれていたことは言うまでもなかった。
彼女らの荷物を送りだしても、炊事道具やチャブダイは亮作に属していたので、三人の生活は不自由はなかった。
二人は亮作に荷物の疎開をすすめなかった。彼女らの生活が不自由になるせいもあったが、亮作の品物などは一切煙と化したところで惜しくはなかったからである。
二人の荷物が発送されると、空間のひろがりが目立った。それが目にしみると、亮作も疎開ということを考えた。せめて本だけは、と考える。それだけが彼の足跡だった。本が焼かれることを思うと、自分が焼かれるような苦痛を覚える。
わずかな月給から買いだめた蔵書が二十何年のうちに二千冊余になっていた。
「なア、信子や。この本だけでも大伯母さんに預ってもらえないかな」
信子はあきれて、溜息を
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