る人が富裕な人と結婚し、わがままな生涯を送っていたが、ツレアイも死に、アトトリもなかった。このわがままな年寄が、克子を養女の筆頭に選んだのである。
信子はひとり児を養女にだすことに、反対の理由を知らなかった。梅村亮作の家名の如きは、絶えることが世のため人のためである。その家名には恥と貧窮と、悲しみと嘆きがつきまとっているだけだ。咒《のろ》いによって充たされているだけである。梅村亮作の恥辱まみれの一生は、彼ひとりでしめくくるのが当然であった。
大伯母からは克子の教育費が送られ、克子は女子大学へ進んだ。亮作が世間からうけた冷遇も、大伯母のそれに比べれば、あまいものであった。大伯母の彼に対する感情は憎悪であった。全人格を無視し、否定し、刺殺していた。
克子は休暇のたびに、母と一しょに大伯母のもとで暮すようになったが、亮作は門前にたたずむことも許されていなかった。そして克子の休暇中は、彼は自炊して出勤しなければならなかったが、恥辱という苦痛がなければ、一人暮しの不自由も苦しいというものではなかった。
克子の教育費は、亮作を含めた生計費に用いることを禁ぜられ、信子もその禁令を堅く守ってい
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