。あなた方は、我々の知らない海で、人目を忍んで訓練にいそしんでゐたが、訓練についてからのあなた方の日常からは、もはや、悲愴だの感動だのといふものを嗅ぎだすことはできない。あなた方は非常に几帳面な訓練に余念なく打込んでゐた。さうして、あなた方の心は、もう、死を視つめることがなくなつたが、その代りには、あなた方の意識下の確信から生還の二字が綺麗さつぱり消え失せてゐたのだ。我々には夢のやうに掴みどころのない不思議な事実なのである。戦場の兵隊達は死の不安を視つめてゐても、意識下の確信には常に生還の二字があつて、希望の灯をともしてゐる筈なのだ。ところが、あなた方は余念もなく訓練に打込み、もう、死を視つめることがなかつたのに、あなた方のあらゆる無意識の隅々に至るまで、生還の二字が綺麗に拭きとられてゐたのである。あなた方は門出に際して「軍服を着て行くべきだが、暑いから作業服で御免蒙らう」などと呑気なことを言つてゐた。死以外に視つめる何物もないあなた方であるゆゑ、死はあなた方の手足の一部分になつてしまつて、もはや全然特別なものではなかつたのだらう。あなた方は、たゞ、敵の主力艦に穴をあけるだけしか考へる
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