牙を騒がせ、天気晴朗なれども波高し、である。だから、この日は漁ができず、国府津にも、二の宮にも、地の魚はなかつた。国府津では、兵隊を満載した軍用列車が西へ向つて通過した。
 国府津でバスを乗換へて、二の宮へ行く。途中で降りて、禅宗の寺へ行つた。ガランドウの縁《ゆか》りの人の墓があつて、命日だか何かなのである。寺の和尚はガランドウの友人ださうだ。ガランドウは本堂の戸をあけて、近頃酒はないかね、と、奇妙な所で奇妙なことを大きな声で訊ねてゐる。本堂の前に四五尺もある仙人掌《さぼてん》があつた。墓地へ行く。徳川時代の小型の墓がいつぱい。ガランドウの縁りの墓に真新しい草花が飾られてゐる。そこにも古い墓があつた。ガランドウは墓の周りのゴミ箱を蹴とばしたり、踏みにぢつたりしてゐたが、合掌などはしなかつた。てんで頭を下げなかつたのである。
 ガランドウは足が速い。墓地の裏を通りぬけて、東海道線へでる。今に面白いものが有るだよ、と振向いて言ふ。二の宮では複々線の拡張工事中で、沿道に当つてゐたさる寺の墓地が買収され、丁度、墓地の移転中なのである。ガランドウはそこが目的であつたのだ。
 成程、墓地は八方に発
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