、東条首相の謹話があつた。涙が流れた。言葉のいらない時が来た。必要ならば、僕の命も捧げねばならぬ。一兵たりとも、敵をわが国土に入れてはならぬ。
ガランドウの店先へ戻ると、三十間ばかり向ふの大道に菓子の空箱を据ゑ、自分の庭のやうに大威張りで腰かけてゐる大男がゐる。ガランドウだ。オイデ/\をしてゐる。行つてみると、そのお菓子屋にラヂオがあつて、丁度、戦況ニュースが始まつてゐる。ハワイ奇襲作戦を始めて聞いたのが、その時であつた。当時のニュースは、主力艦二隻撃沈、又何隻だか大破せしめたと言ふのであるが、あなた方のことに就ては、まだ、一切、報道がなかつた。このやうなとき、躊躇なく万歳を絶叫することの出来ない日本人の性格に、いさゝか不自由を感じたのである。ガランドウはオイデ/\をしてわざわざ僕を呼び寄せたくせに、当の本人はニュースなど聞きもしなかつたやうな平然たる様子である。菓子屋の親爺に何か冗談を話しかけ、それから、そろそろ二の宮へ行くべいか、魚屋へ電話かけておいたで、と言つた。
バスは東海道を走る。松並木に駐在の巡査が出てゐた外には、まつたく普段に変らない東海道であつた。相模湾は沖一面に白
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