ぜりあい》があつたぐらゐの所だらうと独り合点をし、三時間余り有り合せの本を読んでゐた。いくらか冷たい風はあつたが、快晴である。西の窓に明神岳がくつきりと見える。ガランドウが環翠楼へ行くんだつたら一緒に行つて一風呂浴びて来るのであつたが、と考へた。環翠楼には知人もゐる。僕は生来の出不精だけれども、小田原の天気の良い日は、ふと山の方へ歩きたいやうな気持になる。このあたりは、多分、空気に靄が少いのであらう。非常に陰影がハッキリしてゐて、道が光り、影があざやかに黒いのである。
ガランドウと行き違ふと悪いので、箱根の入浴は諦めたけれども、顔でも剃つて、旅らしい暗さを落さうと思つた。街へ出たのは正午に十分前。小田原では目貫《めぬき》の商店街であつたが、人通りは少なかつた。小田原の街は軒並みに国旗がひらめいてゐる。街角の電柱に新聞社の速報がはられ、明るい陽射しをいつぱいに受けて之も風にはた/\と鳴り、米英に宣戦す――あたりには人影もなく、読む者は僕のみであつた。
僕はラヂオのある床屋を探した。やがて、ニュースが有る筈である。客は僕ひとり。頬ひげをあたつてゐると、大詔《たいしょう》の奉読、つゞいて
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