戦争このかた世の中が逆になったと思っていた。屋台のオデンは二十年来の商売であるが、昔は細々と食うのが精一杯で、少し景気よく飲むと、売る酒がなくなり、売る酒を買う算段もつかなくなった。
 戦争になったら、さぞ困るだろうと思っていたのに、焼け野原がひろがるほど、もうかる。物価が上るほど、もうかる。終戦直後の半年ぐらいは超特別で、犬モツ猫モツ鼠でも肉気のものに菜ッパをまぜてカキまわして煮た奴を山とつんでおくと幾山つんでも売りきれる、長蛇の行列、財布などというものは半日の売上げを入れるにも役に立たず、お札というものは石油カンに投げこむ以外に手がないのである。
 だから戦争、時代という奴は幸吉にはワケがわからず、まるでもう夢を見ている心持で、毎日山とつもって行く札束をアレヨと思うばかり、だからキヨ子を知った当座も、戦争と時代、ワケの分らぬ夢のつゞきのような気持で、なんとなく、そんな時代なんだな、という思いをぬけきることができなかった。
 けれども飲食店休業令だのと風当りが強くなり、キヨ子にはふられる、人間なみに多少キモをつぶすような出来事も現れるうちには、幸吉も時代などという正体のわからぬ魔物を
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