はなれて、自分一個の立場というものを自覚してきた。
 あのアマは、ひでえ奴だ、と彼は思った。なんとか腹の虫のおさまることをしないと気持がすまない。ブン殴るというようなことじゃない。幸吉は生れてこのかた、女の子も男の子も殴ったことがなかった。
 なんとかして、正体をあばいてやりたい。時代だの未亡人だの断髪洋装だのという幸吉には苦手のモヤモヤをつきぬけて、あのアマのからだの中の魂という奴をあばいてやる。要するに、もうダマされないぞ、このアマめ、ということなのである。
 然し、もう一つ底をわると、畜生め、然しあのアマは、よかったな、ということになる。そして、なんとなく身のひきしまる情慾にかられるから、畜生め、覚えていやがれ、今度はこっちがダマしてやるから。今に、面の皮をむいてやるから、などと、あれこれと考える。考えたって、幸吉の頭で、どうなるものでもなく、そのうち、もう会わなくなって百三十日もすぎた一日のこと、幸吉は昼酒に酔っ払うと、水曜であるのに気がついて、よかろう、ひとつアマをからかってやろう、と思いついて、直接会社へのりこんだ。
 なかなか大きな会社であるが、受付できくと、その人は三階
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