で、それから、
「あの人、外へ来てるよ」
幸吉は、とんで降りた。顔を見ると、ウラミを述べるどころか、たゞもう、グニャ/\して、御無沙汰致しました、などと相好くずしている。
キヨ子は、会社が忙しくって、残業つゞきで、とか、何とか言い訳でもするかと思うと、そんなことは一言も言わない。キヨ子の最初の言葉はこうだった。
「私のことなんか、もう忘れてらっしゃると思ってたわ。あなたはずいぶん道楽なさったのでしょう。私なんか、つまらない女ですもの」
「とんでもない。忘れるどころの段じゃないね。私はもうこの一週間ほど落付きのない思いをしたのは、五十年、はじめてのことさ。それでもビヤ樽にへり目の見えないところをみると、よくよく因果にふとったものだな」
幸吉はふところから用意の札束をとりだして、
「こんなこと、恥をかゝせるみたいなものだが、事務員して二人の子供を育てちゃア、大変なことさね。気を悪くしないで、納めてもらいたい」
「そんな心配いらないわ」
キヨ子は極めて無頓着に幸吉の手に札束を返した。
「私の気持だけだから、私にも恥をかゝせないで、納めて下さいよ」
「私、男の人からお金もらったりするこ
前へ
次へ
全30ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング