かかへて笑ひだす。もとより彼は死の家だの跫音のないお婆さんだのといふことが私の口実にすぎないことを見抜いてゐたに相違ない。長島萃はまもなく自殺して死んだ。
葛巻と私はこの部屋で幾度徹夜したか分らない。こんな下らない原稿ばかりで雑誌をだすのは厭だと言ひはるのは葛巻であつた。だつて同人雑誌といふものはさういふ性質のもので、ほかの原稿は下らなくとも自分だけ立派な仕事をすれば良いぢやないかと主張するのは私であつたが、一見優柔不断な葛巻は、然し、最大の執拗さを以て、あれこれと廻りくどい表現で自説を固執してやまない。私はどうしても負けてしまふ。
私が負けるのは他に当然な理由があつて、葛巻は恋の外には何事も考へてをらず、その身だしなみのために立派な雑誌(内容も)をだしたいと純一に思ひ決してゐるだけで、その追求は純粋きはまるものであつた。然るに我々の立場はといへば、怪我の功名でも良いし、落首を拾つてゞも天下に名を成したいといふ野武士のやうな魂胆で、少しぐらゐ不純だつて世間に受ければ良いぢやないか、といふサモしい量見をかくしてゐる。之ではとても葛巻の追求に勝てないのは当然で、私にとつて葛巻は非常に純
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