当りは良かつたが陰鬱な部屋だつた。それは絨氈の色のせゐだ。この絨氈は芥川全集の表紙に貼つた青い布の余りを用ひたもので(僕の記憶がまちがつてゐなければ)だから死んだ芥川には直接関係のない絨氈だつた。私はこの陰鬱な色を嫌つて、君、この絨氈を棄てちやつたらどう? 僕は絨氈の色を考へると、この部屋へ通ふ足がにぶつてしまふのだ、と腹を立てゝいきまくのだが、だつて、君つたら、どうしてこの絨氈をいやがるんだらうね、と彼はクスリと大人のやうに笑ふのだつた。この寝室には大きな寝台があつて、恋のために眠れない葛巻は致死量に近いカルモチンを飲んで寝台から落ちて知らずに眠つてをり、未亡人も女中達もみんな跫音《あしおと》といふものを失つてひそ/\と部屋々々を歩く感じであつた。死の家といふんだらうね、日当りが良いくせに、いつだつて日蔭のやうな家ぢやないか、私はプン/\怒りながら長島萃に言ふのであつた。夜中に便所へ降りたんだ、そしたらね、下の座敷の鴨居の下をお婆さんが歩いてゐるんだ。大きな肩のガッシリした角力《すもう》のやうなお婆さんで、そのくせ跫音がないんだぜ、おまけに一人かと思つたら、二人ゐるんだ。長島萃は腹を
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