一度もなかつた。その文章が支離滅裂で意味の分らないことが多いといふ話であるが、手紙の文面の責任なんぞ私は知らないといふつもりだ。
(中)
紅毛の文人は婦人へあてた恋文でさへちやんと死後の出版を意識したらしいものがあり、太刀打ちできない思ひをさせる。尤も彼等にしてみれば、一婦人の心を射ることは万人の心を射ることに通じ、万人に読まれたいといふ小説も一婦人に読まれたいといふために書かれたものかも知れないから、彼等の恋文が差し向ひの裸の恥を綺麗にごまかし万人向きの儀礼の中で恋を語つてゐるにしても不思議はない。然し私の恋文はさういふ立派なものではなかつた。
私は友達と喧嘩をして、むかつ腹を立てながらひどく長い手紙を書いた覚えが七八回ある。口惜しさに前後不覚の状態だから文面は怒りの流れるにまかせ、これまた混沌として何が何やら私が何に腹を立ててゐるのやら手紙を貰つた友達の方でとんと見当がつかなかつたといふ話である。三枚はつた切手の行列の悪いこと、その切手がまた逆様で、切手を見ただけで已に風雲ただならぬものを感じてひどくくさつたといふ友達の話をきいて以来、私はそれまで切手が逆様
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