狂して巣鴨の保養院に入院中であつた――)私が日夜の妄想に悩み孤独を怖れて連日彼を訪れるものだから、彼は私の蒼白な顔とギラギラ底光りのする眼付に怯えて、突然夜逃げをしてしまつた。怖るべき孤独のまぎらす術《すべ》を失つた私は彼の無情を憎んで、見つけ次第絞め殺してやらうといふ想念に苦しめられて弱つた。
 これは余談であるが、さて彼へ送つた書置き中の「これこれへ書きとめておいたもの」といふのは、其後になつて読んでみると一読滑稽でさへあるほど幼稚きはまりないもので、先年すべて八ツ裂きに破つて棄てた。あのとき死んであれだけが私であり書置きの通りれいれいしく世に現れたら滑稽な話であるが、こんな話で分るやうに、私の少年時代はただ我武者羅に自分の生命力を意識すること、また存在を残すことに狂奔してゐた。言ふまでもなく其頃は手紙を書くにも万人を意識し、死後世に現れることを期待もし意識してゐた。今は然しさういふ意識は影もない。手紙を書くのがひとへにわづらはしいばかりである。
 けれども私はよく手紙を書く。書きだすとたまつてゐたことを一気に吐きだすことになるので大概六銭から十八銭の切手をはる。十八銭以上のことは
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