手紙雑談
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)従而《したがつて》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)あまのぢやく[#「あまのぢやく」に傍点]
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       (上)

 スタンダアルやメリメのやうに死後の出版を見越して手紙を書残した作家がある。私も少年の頃はさういふ気持が強く一々の手紙に自分の存在を書き刻むやうな気持であつたが、その努力が今ではすべて小説にとられ、手紙は用件を書きなぐるのが精一杯で、死後の出版を見越した魂胆は微塵もない。
 自分の存在を書残したい願望は誰の心にもあることで、日記なり手紙なりに思のすべてを書きとめようとする努力は極めて自然なものであらうが、スタンダアルやメリメのやうに一家を成した小説家が、手紙の中でも存在を書残さうといふ意味がちよつと分らない時がある。メリメのやうなあまのぢやく[#「あまのぢやく」に傍点]は小説と違つた自分を手紙の中に用意して死後の効果を狙つたのかも知れない。彼等はその生涯作家であるよりも文学愛好者(アマトゥル)的態度を失はなかつた特異な文人でもあつたから、小説であれ手
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