してゐた。狭い世界に突きつめて生きてゐたから、さういふ感情の異常な激しさも仕方がない。語学でも分るやうに特異な頭脳であつたが、週期的な精神錯乱のせゐなどあつて、構成や表現が伴はず、眼高手低、宿命的な永遠の傑れたディレッタントであつた。私への愛と又憎しみを私はもとより知つてはゐた。
「聴えないか。耳をよこせ」
 高木の狂暴な眼が私をさがす。声が殆んど聞きとれない。私は彼の口へ耳をやらねばならないし、さうすると、世にも無残な悪臭でやりきれない。「死んでくれ。死なゝければ、きつと、よぶ」必死に叫びつゞける。肉体はもう死んでゐるのだ。すでに死臭すら漂つてゐる。今生きて、もがき、のたうつて叫ぶのはこの男の霊気だけのやうである。私は黙つてゐた。
「おい。怖いのか。怖いのだらう」
 彼の叫びはつゞく。狂つた光が私の顔を必死にさがしてゐるのである。霊気のみの肉体だつたが、眼の光は狂つたけだもの[#「けだもの」に傍点]だつた。
「もとより怖いよ。いやな話だ」
 と私は答へた。高木は私が正直にさう言ふことを多分好まないと思つたから、私は冷くさう答へた。
 けれども私の答の結果は私の予期を越えて、彼の顔に無
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