日の十二時間は昏睡し、十二時間は覚醒してゐる。昏睡中は平熱で、覚醒すると四十度になる。私が病院へ着いた時は昏睡中で、このまゝ多分永遠に眠つてしまふ筈であるといふ話であつた。ところが十二時間目に又目が覚めた。
 私はそのとき初めて彼の父陰謀政治家を見たのであるが、高木と同じ柔和な身体とふてぶてしさとがあり、線の太さが高木よりも大きかつた。
 高木は父のゐることを知つて喚きだしたが、もはや音量が衰へて、離れてゐる私には聴えない。やがて父は別室へ行つて、子供は錯乱してゐないと家族達に断言した。
 発狂といつても日常の理性がなくなるだけで、突きつめた生き方の世界は続いてゐる。むしろ鋭くそれのみ冴えてゐるのである。一見支離滅裂な喚きでも、真意の通じる陰謀政治家が発狂してゐないと断言したのは当然で、ほかの家族は発狂と信じてゐた。これも亦自然である。
 やがて高木はほかの人達を退席させ、私と二人になつて、私に死んでくれと言つた。私が生きてゐると死にきれないと言ふのであつた。死なゝければ、きつと、よぶ、と言つた。その眼は狂ひ燃え、吐く息の悪臭はすでに死臭で、堪へがたかつた。
 高木は私を文学の上の敵と
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