でかけて不在だと言つた。死ぬ者は死ぬ。帰りを待つて会つてみても仕方がない。私はそのまゝ戻つてきた。
 数日後少女から手紙がきた。兄が無事帰つたといふ知らせで、自殺する筈の男が海水浴に行つてゐたといふことを余程の悪徳と考へたらしく、兄に代つて弁解と詫びが連ねてあつた。

 高木に会つたとき、妹の齢を尋ねた。十九だと答へた。その春女学校を卒業して女子大学の学生だといふのである。
「それぢやない。その下の人だよ」
「僕の妹はひとりしかないのだ」
 これをそつくり鵜呑みにするには奇蹟を信じる精神がいる。小学校の六年生と思ひこんでゐたのである。
 高木の父は高名な陰謀政治家で(彼は妾腹である)そのころ大事件の中心人物であつた。私は高木の依頼で書類の包みを保管してゐたが、多分事件の秘密書類であつたと思ふ。判決がすんでから、少女がそれを受取りに訪ねてきた。その時は年齢なみの洋装で、なるほど小学校の子供ではないことをようやく納得したのであつた。

 高木はそれから間もなく死んだ。彼の宿命の自殺ではなく、脳炎で狂死したのである。
 私が危篤の知らせを受けて精神病院へ行つたのはクリスマスの前夜であつた。一
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