さうだから駈けつけてくれといふのは分つてゐるが、その依頼を小学生にまかせる奴があるものか。その小娘が私の正面へ一人前にピタリと坐つて団扇を使ひながら落着払つて微笑しながら喋つてゐる。
 母親が不在のわけではなかつた。高木の母は長唄の名手で現にお弟子さんに教へてゐる三味の音が二階からきこえてゐる。
 自殺は馬鹿のすることだ。自殺をしたがる人間にも、その巻添で慌ててゐる人にも私はさういふ態度を結局見せずにはゐられない。それが私の本心だからである。
 けれども家族の感情は多少別のところにある筈で、慌ててゐても差支へはないのであるし、駈けつけてくれと頼まれて合点とばかり引受けるからには、多少先方が慌てたり悲嘆してくれなければ、引受けるこつちが変なものだ。
 宜しい。では横須賀へ行つてみませうと言ふだけのことでも、大人げなくて言ひ切れない有様である。庭に篠笹の植込があつて幽かにゆれてゐるのを、私は喋る気がしなくなつて、実に長いこと睨んでゐた。ぢや、横須賀へ行つてきます、私がさう言ふつもりで少女の方を振向いたら、やつぱり微笑してゐた。
 私は横須賀へ行つた。旅館できくと、彼は逗子《ずし》へ海水浴に
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