い洋酒をでたらめに註文して、黙つて睨合つてゐた。さういふ店へ私が初めて這入つた記憶であり、女がやつてきたが、私達が睨合つてゐるので退散した。
 瀬戸内海の海で、やりそこなつたこともあるし、自宅で薬品自殺して分量が多過ぎて却つて生返つたこともあつた。そのたびに手記が私の所へとどき、私は彼と睨合ふために出掛けなければならなかつた。
 ある夏の早朝電報がきて、私は渋谷の彼の家へ行つた。
 十四五――私はむしろ小学校の六年生ぐらゐだと思つた――少女がでてきて、私を座敷へ案内した。今に母親か姉(高木の妹)が出てきて話をするのだらうと私は思ひこみ、少女を眼中におかず、煙草をふかしてゐた。
 ところが少女は立去らない。卓を隔てて私の正面へピタリと坐り、団扇《うちわ》を使ひながら平然と私を見て笑つてゐる。
「兄が又自殺しさうですので御迷惑でも行つてみていたゞきたいのですけど」
 少女は笑ひを浮べながらさう言つてゐるのである。
「居所は横須賀の旅館なのです。もう死んでゐるかも知れませんけど」
 少女の微笑はいさゝかも破綻することがなく続いてゐる。私はうんざりせずにゐられなかつた。
 倅《せがれ》が自殺し
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