たびに異常に突きつめた世界へ走り、幾日も睡らず考へ又書きつゞけ、その手記を私の所へ送つて自殺を計る。何回となくやつた。私はたうとう友人の不幸な錯乱に不感症になつてしまつた。
 ある朝新聞を読んでゐると、信濃山中の温泉で或朝早く飄然出立した貴公子風の青年があり、あとで女中が便所の中に首くゝりの縄の切れたあとを発見した。死にかけてから縄が切れて落ちたもので、床板の上には吐出した血だまりがあつた。――その男の名が高木であつた。
 高木は十日ぐらゐ過ぎてからアテネ・フランセへ何食はぬ顔でやつてきた。二人は静かな場所へ行つて、
「信濃の武勇伝のみやげはないのか」
 頭からのしかゝるやうに私は皮肉を言つたが、「知つてゐたのか」彼は惨めに悄気《しょげ》た。一途に落胆を表はして、
「死ぬのが馬鹿げたことぐらゐ分りきつてゐるよ。だけど僕の生理には欠陥があるから、どうにも仕方がなくなるのだ」
 そのとき私は自分のひどい我儘に気がついた。友達の不幸な立場に思ひやりを持たないことに気付いたのである。
 そのころ私達は酒など飲むことがなかつたのに、銀座裏のバーへはいり(一番静かさうだから這入つたのである)一番高
前へ 次へ
全13ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング