識だから落第に間違ひないと思つてゐたら、何百人ものうちたつた一人及第したといふのには呆れかへつた。
数年すぎて同じ社の佐藤観次郎氏にあつたとき、高木の妹のことを尋ねると、彼は目をパチ/\させて吃驚《びっくり》して、
「あの人は僕の社内無二の親友です」
彼はそれを語ることが最も楽しいといふ様子であつた。無邪気そのものの弾みのある言葉で、純潔の少年の輝きがあつた。私はひどく好ましいものを感じた。
この正月のことである。私は元旦に中村地平氏の家へ行き雑煮を食べる約束であつた。それから地平さんと真杉さんと私とで藤井のをばさんの所へ行き大いに遊ぶ筈であつた。私は生憎ある友達が精神異状で行方不明になり探し廻らねばならなかつたりして松の内も終る頃やうやく地平さんの所へ行つた。
地平さん真杉さんは、正月藤井のをばさんの家で高木の妹に紹介されたといふのである。
「あの人は十八九ですか」
地平さんは私に訊く。私は忘れてゐた昔を歴々思ひだし、成程と思つた。
「あつはつは。今でもそんな齢に見えますか。もう三十ぐらゐです」
「わあ。驚いたなあ」
「あら、羨しい。ずゐぶん得な方ですわね」
と真杉さんも
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