その稲妻のひらめいたとき、径のかたえの叢に、あたかも稲妻に応えるように異様にかがやくものを見た。大納言はそれを拾った。それは一管の小笛であった。
折しも雨はごうごうと降りしぶいて、地軸を流すようだったので、大納言は松の大樹の蔭にかくれて、はれまを待たねばならなかった。
雨ははれた。谷あいの小径は、そうしてよもの山々は、すでに皓月《こうげつ》の下にくっきりと照らしだされているのであった。と、大納言の歩く行くてに、羅《うすもの》の白衣をまとうた女の姿が、月光をうしろにうけて、静かに立っているのであった。
「わたくしの笛をお返しなされて下さいませ」
鈴のねのような声だった。それは凜然として命令の冷めたさが漲《みなぎ》っていた。
「わたくしは人の世の者ではございませぬ。月の国の姫にかしずく侍女のひとりでございますが、あやまって姫の寵愛の小笛を落し、それをとって戻らなければ、再び天上に住むことがかないませぬ。不愍《ふびん》と思い、それを返して下さりませ」
「はてさて、これは奇遇です」と、大納言は驚いて答えた。「私の祖父の家来であった年寄が、月の兎の餅《もち》を拾って食べたところ、三ヶ日は夜
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