紫大納言
坂口安吾
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)贅肉《ぜいにく》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)左京太夫|致忠《ムネタダ》
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(例)[#ここから1字下げ]
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昔、花山院の御時、紫の大納言という人があった。贅肉《ぜいにく》がたまたま人の姿をかりたように、よくふとっていた。すでに五十の齢であったが、音にきこえた色好みには衰えもなく、夜毎におちこちの女に通った。白々明けの戻り道に、きぬぎぬの残り香をなつかしんでいるのであろうか、ねもやらず、縁にたたずみ、朝景色に見惚れている女の姿を垣間《かいま》見たりなどすることがあると、垣根のもとに忍び寄って、隙見する習いであった。怪しまれて誰何《すいか》を受けることがあれば、鶏や鼠のなき声を真似ることも古い習いとなっていたが、時々はまた、お楽しみなことでしたね、などと、通人のものとも見えぬ香《かんば》しからぬことを言って、満悦だった。垣根際の叢《くさむら》に、腰の下を露に濡らしてしまうことなど、気にかけたこともないたちだった。
そのこ
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