ろ、左京太夫|致忠《ムネタダ》の四男に、藤原の保輔《やすすけ》という横ざまな男があった。甥《おい》にあたる右兵衛尉《うひょうえのじょう》斉明《トキアキラ》という若者を語らって、徒党をあつめ、盗賊の首領となった。伊勢の国鈴鹿の山や近江の高島に本拠を構えて、あまたの国々におしわたり、また都にも押し寄せて、人を殺《あや》め、美女をさらい、家を焼き、財宝をうばった。即ち今に悪名高い袴垂《はかまだ》れの保輔であった。
袴垂れの徒党は、討伐の軍勢を蹴散らかすほど強力であったばかりでなく、狼藉の手口は残忍を極め、微塵《みじん》も雅風なく、また感傷のあともなかった。隊を分けて横行したので、都は一夜にその東西に火災を起し、また南北の路上には、貴賤富貴、老幼男女の選り好みなく斬り伏せられているのであった。そのさまは、魔風の走るにもみえ、人々は怖れ戦《おのの》いて、夕闇のせまる時刻になると、都大路もすでに通行の人影なく、ただあまたの蝙蝠《こうもり》がたそがれの澱みをわけて飛び交うばかりであった。
恋のほかには余分の思案というものもない平安京の多感な郎子であったけれども、佳人のもとへ通う夜道の危なさには、
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