ところへ女の下駄がスッ飛ばされているぜ。じゃア、女もひかれているのかな」
 どうやら明るくなり、かなり人々が群れていた。そのとき、下駄を見つけた男がトンキョウな叫びをあげたのである。
「ヤ、女の屍体を見つけたぞ。ドブの中へハネ飛ばされていやがら。鼻だけ出していやがら。アレ。生きてるんじゃないかな。水の中へ沈まないように、手で支えていやがるぜ」
 大急ぎで、その場へ駈け寄ったのは和尚であった。
 彼はムンズと襟をつかんで、水の中から、ひきぬいた。ソノ子である。ソノ子は目をあけた。
「ハハア。さては、死んだふりをしていたな。見届けたぞ」
 和尚は思わず大声で叫んだ。
 頭の毛がスッポリ抜けているのである。そのほかには、どこにも怪我がないようだ。毛の抜けたハズミにドブへころがり落ちたのか、人の気配に、ソットドブへ身を沈めたのか、わからない。
 けれども、和尚には一つの情景が目に見えるようであった。一緒に死ぬと見せて、髪の毛だけしか轢かせなかったソノ子の手練のたしかさ。これが十八の初陣とは、末恐しい話である。
 和尚は突然亢奮した。
「このアマめ。キサマ、死ぬと見せて、男だけ殺したな。はじめか
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