とを示していた。つまり実務家の中でも一かどの老練家という風格を語っていたのである。
 折から選挙たけなわの時であるから、私はふと気がついた。差出人は誰かの選挙事務長かも知れない、と。とにかく応援演説のネタ本用に火急の必要にせまられているものと睨んだのである。「野坂中尉と中西伍長」が政治家の演説に利用されていることを、かねてきき及んでいたから、サテハ、と看破したのである。
 応援弁士というものは、たいがいアルバイトで、にわかにタネ本を物色して、三十日間打ってまわるものであるが、「野坂中尉と中西伍長」はアルバイトの弁士用には便利である。共産党を適度に皮肉って、十人のうち七人ぐらいナルホドと思わせるようにできている。アルバイトの弁士は、共産党爆撃を熱演すれば必ずうけるという時世であるから、共産党以外の弁士のかなり多くの人が、この巷談を愛用したものと推察されるのである。
 そこで共産党の文学青年(こう断ずるのは彼らの筆蹟が弟子入りのそれと同じように中途半端だからであるが)が怒ったのだろうと思う。選挙たけなわとなるや、安吾殿、安吾ヨビステ、が殺到するに至ったのだ。
 巷談の反響はこのときから、は
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