事志とちがって五万円のモトデを失うようなハメになったら、そのときは身の上話をするから、それを小説にかいて埋合せをつけてくれ、と結んであった。彼は私が小説家であることを知っているのである。
 しかし、一般に、巷談の読者は、私に小説家という別業があることなどを知らない人が多いようだ。つまり、単に巷談師だ。
「ヤ。あんたが安吾巷談か」
 私が友人と酒をのんでいると、友人をかきのけるようにして、私に握手をもとめた酔っ払いがある。たまに上京して、マーケットでのんでいた時だ。
「今、京王閣の帰りでね。今日は、もうけたです。C級をねらった。彼を一目見たとき、パッときた。これだ! と思ったんだ。誰も入着を予想してない選手なんだ。十枚買った。きたね! サン・キュー」
 彼は私のビールをとってグッと呷《あお》った。
「君が安吾巷談かア」
 私の肩に両手をかけて、ガクガクゆさぶって親愛の情をヒレキし、しげしげと見つめて、
「ウム! なるほど! 偉いぞ! お前はたしかに金持の人相をしとるぞ。それだ! それでいけ! お前も今につくぞ!」
 私を大激励して、とたんにゲラゲラ笑いだした。
「しかし、君。オイ、安吾巷
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