事志とちがって五万円のモトデを失うようなハメになったら、そのときは身の上話をするから、それを小説にかいて埋合せをつけてくれ、と結んであった。彼は私が小説家であることを知っているのである。
しかし、一般に、巷談の読者は、私に小説家という別業があることなどを知らない人が多いようだ。つまり、単に巷談師だ。
「ヤ。あんたが安吾巷談か」
私が友人と酒をのんでいると、友人をかきのけるようにして、私に握手をもとめた酔っ払いがある。たまに上京して、マーケットでのんでいた時だ。
「今、京王閣の帰りでね。今日は、もうけたです。C級をねらった。彼を一目見たとき、パッときた。これだ! と思ったんだ。誰も入着を予想してない選手なんだ。十枚買った。きたね! サン・キュー」
彼は私のビールをとってグッと呷《あお》った。
「君が安吾巷談かア」
私の肩に両手をかけて、ガクガクゆさぶって親愛の情をヒレキし、しげしげと見つめて、
「ウム! なるほど! 偉いぞ! お前はたしかに金持の人相をしとるぞ。それだ! それでいけ! お前も今につくぞ!」
私を大激励して、とたんにゲラゲラ笑いだした。
「しかし、君。オイ、安吾巷
前へ
次へ
全24ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング