なところだけね。穴はよしな。八時半に、きなよ」
 私も立上って、
「もう競輪へ行く気がないから、たぶん、来ないだろうよ。だが、気が変ったら、その時は教えてもらうよ」
 彼はうなずいた。
「競輪でぼくを見かけたら、声をかけな。教えてあげる」
 彼は眼をとじて、呟いた。
 私はだまって部屋を去った。
 これも巷談の反響なのである。競輪の反響は共産党以上に凄かった。競輪のせちがらい性格によって、その反響には凄味がこもっていたのである。もっとも凄味のこもった手紙は多くはないが、こもった凄味は格別だった。
 それをあからさまには書けないが――というのは、当人の家族や知人に知れると気の毒だからで、一方巷談師はゾッとすくむようなのが舞いこんでくるのであった。
 二葉の写真(自分の姿を撮したもの)と履歴書を同封してきた老人があった。英国に留学し、二三会社の社長をつとめ、公務で何回か渡欧した経歴をもつが、今は落ちぶれている人である。落ちぶれる経路は手紙にルルしたためてあり、それは陰惨そのものであるが、これも書くわけにはいかない。
 彼は私が競輪で数万円を事もなげに失ったのを読んで、目をつけたのである。彼
前へ 次へ
全24ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング