。それで、まア、倍にもうける。その程度、ね。そういうものよ。それでぼくはこうして結構遊んでいられるのよ。アレが安吾氏だというからね。ふッと閃いたわけだ。競輪のコツを伝授しようと思ってさ。あの負けッぷりが好きだからよ」
淡々たる武者ぶりである。名乗りもあげないし、イラッシャイも、言わない。よく来てくれた、などとも言わない。別段、軽蔑しているのでもないようだ。なぜなら気どってもいないようだから。どういうコンタンだか分らないが、天下の巷談師をてんで買っていないのは確かである。
「今夜だと、尚よかったんだが、君、出直してくるかい? 夜の八時ごろ、使いの者が、こッちへくるんだね。今、小田原で競輪やってッだろ。明日から二節だ。明日の出走表が八時半には、ぼくに届くのよ。それを見て、教えてあげる。初心者にはこれに限るのよ。むずかしい理窟は早急に呑みこめやしないものさ。理窟じゃないが、上りタイム、過去の戦績、これを知りつくして半人前だね。地足の良し悪し、これも常識のうち。その他、多々あり、としておこうよ」
男は枕もとから一山の紙をザックと一握りして、投げてよこした。各地の競輪新聞である。関東各地のほ
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