せて饗応至らざるところがない。本多重次がたまりかねて、秀吉の家臣の居ならぶ前で自分の主人家康を罵つた。これは又、あつぱれ不思議な振舞をなさるものですな。国を保つ者が、城を開け渡して人に貸すとは何事です。この様子では、女房を貸せと言はれても、さだめしお貸しのことでせうな、と青筋をたてゝ地団駄ふんだ。
 小田原へ着いた秀吉は石垣山に陣取り、一夜のうちに白紙を用ひて贋城をつくるといふ小細工を弄したが、ある日家康を山上の楼に招き、関八州の大平野を遥か東方に指して言つた。といふのは昔の本にあるところだが、実際は箱根丹沢にさへぎられてさうは見晴らしがきかないのである。ごらんなさい。関八州は私の掌中にあるが、小田原平定後は之をそつくりあなたに進ぜよう。ところで、あなたは小田原を居城となさるつもりかな。左様、まづ、その考へです。いや/\と秀吉は制して、山々控へた小田原の地はもはや時世の城ではない。二十里東方に江戸といふ城下がある。海と河川を控へ、広大な沃野の中央に位して物資と交通の要地だから、こゝに居られる方がよい、と教へてくれた。さうですか。万事お言葉の通りに致しませう、と答へたが、今は秀吉の御意の
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