まゝ、言ひなり放題に振舞ふ時と考へて、家康はこだはらぬ。秀吉の好機嫌の言葉には悪意がなく、好意と、聡明な判断に富んでゐることを家康は知つてもゐた。
 二十六万の陸軍、加藤、脇坂、九鬼等の水軍、十重二十重に小田原城を包囲したが、小田原は早雲苦心の名城で、この時一人の名将もなしとは言へ、関東の豪族が手兵を率ゐてあらかた参集籠城したから、兵力は強大、簡単に陥す見込みはつかない。小早川隆景の献策を用ひて、持久策をとり、糧道を絶つことにした。
 秀吉自身は淀君をよびよせ、諸将各妻妾をよばせ、館をつくらせ、連日の酒宴、茶の湯、小田原城下は戦場変じて日本一の歓楽地帯だ。四方の往還は物資を運ぶ人馬の往来絶えることなく、商人は雲集して、小屋がけし、市をたて、海運も亦日に/\何百何千艘、物資の豊富なこと、諸国の名物はみんな集る、見世物がかゝる、遊女屋が八方に立ち、絹布を売る店、舶来の品々を売る店、戦争に無縁の品が羽が生えて売れて行く。大名達は豪華な居館をつくつて、書院、数寄屋、庭に草花を植え、招いたり招かれたり、宴会つゞきだ。
 この陣中の徒然に、如水が茶の湯をやりはじめた。ところが如水といふ人は気骨にま
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