黒田如水
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)チンバ奴《め》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)数十|旒《りゅう》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)たま/\
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     小田原陣

       一

 天正十八年真夏のひざかりであつた。小田原は北条征伐の最中で、秀吉二十六万の大軍が箱根足柄の山、相模の平野、海上一面に包囲陣をしいてゐる。その徳川陣屋で、家康と黒田如水が会談した。この二人が顔を合せたのはこの日が始まり。いはゞ豊臣家滅亡の楔が一本打たれたのだが、石垣山で淀君と遊んでゐた秀吉はそんなことは知らなかつた。
 秀吉が最も怖れた人物は言ふまでもなく家康だ。その貫禄は天下万人の認めるところ、天下万人以上に秀吉自身が認めてゐたが、その次に黒田如水を怖れてゐた。黒田のカサ頭(如水の頭一面に白雲のやうな頑疾があつた)は気が許せぬと秀吉は日頃放言したが、あのチンバ奴《め》(如水は片足も悪かつた)何を企むか油断のならぬ奴だと思つてゐる。
 如水はひどく義理堅く、主に対しては忠、臣節のために
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