、ポルトガルの船から買ひもとめた豪華なベッドの上にひつくり返つて、サア、日本がおさまると、今度は之だ、之だ、と、ベッドを叩いて、酔つ払つて、ねむつてしまつた。

 小田原の北条氏は全開東の統領、東国随一の豪族だが、すでに早雲の遺風なく、君臣共にドングリの背くらべ、家門を知つて天下を知らぬ平々凡々たる旧家であつた。時代に就て見識が欠けてゐたから、秀吉から上洛をうながされても、成上り者の関白などは、と相手にしない。秀吉は又辛抱した。この辛抱が三年間。この頃の秀吉はよく辛抱し、あせらず、怒らず、なるべく干戈を動かさず天下を統一の意向である。北条の旧領、沼田八万石を還してくれゝば朝礼する、と言つてきたので、真田昌幸に因果を含めて沼田城を還させたが、沼田城を貰つておいて、上洛しない。北条の思ひ上ること甚しく、成上りの関白が見事なぐらゐカラカハれた。我慢しかねて北条征伐となつたのだ。
 秀吉は予定の如く、家康、信雄、前田利家、上杉景勝らを先発着陣せしめ、自身は三月一日、参内して節刀を拝受、十七万の大軍を率ゐて出発した。駿府へ着いたのが十九日で、家康は長久保の陣から駈けつけて拝謁、秀吉を駿府城に泊ら
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