ち手を研究し、結局、前田六段が妙手を発見し、このお蔭で、黒の良かった碁がひっくりかえって、負けとなった。こういう風聞が行われているのである。
だから、呉氏は、岩本本因坊の外出に断々乎として非理を説いて、ゆずらない。結局、呉氏の信頼する黒白童子が本因坊につきそって一緒に自動車で行き、本因坊は自宅の玄関で忘れ物を受けとって直ちに引返してくる、という約束で、ようやく呉氏の承諾を得た。
このような勝負への真剣さ、必死の構えは呉氏の身に即したもので、人間の情緒的なものが、まじる余地がないのである。
呉清源は、勝負をすてるということがない。最後のトコトンまで、勝負に、くいついて、はなれない。この対局の第一日目、第二日目、いずれも先番の本因坊に有利というのが専門家の評で、第一局は本因坊の勝というのが、すでに絶対のように思われていた。三日目の午前中まで、まだ、そうだったが、呉氏はあくまで勝負をすてず、本因坊がジリジリと悪手をうって、最後の数時間のうちに、自滅してしまったのである。
もとより、勝負師は誰しも勝負に執着するのが当然だが、呉氏の場合は情緒的なものがないから、その執着には、いつも充足し
前へ
次へ
全12ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング