ら、クルリとふりむいて、お風呂へ行ってしまった。
翌朝、呉氏の起きたのは、おそかった。私たちは、もう食卓についている。最後にやって来て、設けの席へつこうとした呉氏、立ったまゝ、上から一目自分の食膳を見下して、すぐ女中をふりかえり、
「オミソ汁」
と、たゞ一声、きびしく、命令、叱責のような、はげしい声である。あいにく、呉氏の食膳にだけ、まだミソ汁がなかったのだ。
見ると、呉氏は、片手に卵を一つ、片手にはリンゴを一つ、握っている。持参の卵とリンゴとミソ汁だけで食事をすまし、朝だけはゴハンはたべない。
その日は睡眠不足で、対局中、時々コックリ、コックリ、やりだし、ツと立って、三四分して、目をハッキリさせて戻ってきたが、たぶん顔を洗ってきたのだろうと思う。
その翌日も、呉氏はおそくまで睡っていた。そして、もう一同が食事をはじめた頃になって、ようやく起きて来たが、食卓につこうとせず、ウロ/\とあたりを見廻し、やがて自分のヨレヨレのボストンバッグを見つけだして、熱心に中をかき廻している。さすがに敏感な旅館の女中が、それと察して、
「卵は半熟の用意がございます。リンゴも、お持ち致しましょう
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