らしく、生活危機は人間どもの問題だけではないのである。ジコーサマの生活危機はまさに深刻をきわめているから、神様の生活を実質的に一人の腕で支えている呉氏の立場も一様のものではなく、律義|名題《なだい》の呉氏も、神様のためには、人間の約束を破りかねない危険があった。それで、読売が慌てた。係りの黒白童子の苦悩、一時にやつれ果て、食事も完全に喉を通らず、坐ってもいられず、ウロウロしているばかりであった。
 幸い、呉氏は現れた。夜も更けて、十一時半、焼跡の奥のずいぶん淋しい不便な場所だが、どんな乗物を利用してどの道を来たのやら、まさしく風の如くに現れたのである。玄関に当って、ワーとも、キャーともつかないような女中たちの喚声があがる。その喚声を背に負うて、スタスタと座敷へはいってきた呉氏。二間つづきの座敷の入り口で、立ったまゝ、
「おそくなりました」
 と云ったと思うと、うしろから、女中の声で、お風呂がわいております、と云う。それをきくと、ウサギの耳の立つ如く、ピョンとうしろをふりかえって、
「ア、お風呂。そう。ボク、オフロへはいりたい。じゃア、失礼して、オフロへはいってきます」
 座敷の入り口か
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