で、本因坊呉清源十番碁の第一局、私は観戦記を書いた。
 対局場は小石川のさる旅館だが、両棋士と私は、対局の前夜から、泊りこむことになっていた。
 本因坊と私は、予定の時刻に到着したが、呉八段が現れない。呉氏の応援に、ジコーサマが津軽辺から出張して、呉氏の宿に泊りこんだ由であるが、あたり構わぬオツトメをやり、音楽、オイノリ、そのうるさゝに家主が怒って、警察へ訴え、ジコーサマの一行が留置されてしまったのである。呉氏が警察へ出頭してジコーサマ一行を貰い下げた。それがこの日の前夜のことで、一行はネグラを求めて、いずこともなく立ち去った。そのまゝ、消息が知れないのである。
 横浜だのどこだのと読売の記者が諸方へ飛んだが、行方が知れぬ。呉氏応援のため上京というのも名目だけのことで、ジコーサマも、迫害がひどくて、津軽辺の仮神殿にも住めなくなったらしいという話であった。上京の神様一行も、総理大臣、内務大臣、ミコ、総勢五名であり、現在では、それが神様ケンゾクの全部の由、落ちぶれ果てたものらしい。もっとも、計画的に諸所へ散在、潜伏させた信徒の細胞もあるとかの話で、その原因も、食糧難、住宅難などの結果による
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