か」
と云うと、
「えゝ、朝はね」
と、うなずいて、すぐ、食卓についた。ようやく睡眠が充分らしく、二日目の対局からは、もう睡そうな目はしなかった。対局は、持時間十三時間ずつ、三日間で打ちきるのである。
三日目の対局が、呉氏一目(乃至二目)勝、という奇妙な結果に終ったのが夕方五時頃であるが、終るやいなや、すぐ立って、食事の用意がすぐ出来ます、記念の会食の用意ができます、と追いかける声を背にきゝながら、
「えゝ、えゝ、失礼」
スタスタ、スタスタ、観戦の何十名という人たちが、まだ観戦の雰囲気からさめやらぬうち、アッという間に、真ッ先に居なくなっていた。
まったく、もう、自分一方の流儀のみ、他人の思惑などは顧慮するところがない。
将棋の升田八段は、復員服(呉八段は国民服)に兵隊靴、リュックをかついで勝負に上京、傲岸不屈、人を人とも思わぬ升田の我流で押し通しているようであるが、呉清源にくらべると、まだまだ、心構えが及ばぬ。
私は昨年十二月、木村升田三番勝負の第一局の観戦に名古屋へ行った。木村に連勝のあとであり、順位戦に一位となったあとでもあり、木村何者ぞ、升田の心は、いさゝか軽卒で
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