してゐるのである。背に乗り、後ろ首の一ヶ所に食ひついてゐる。そこは急所と見え、蝉は次第に気力を失つてゐるのであつた。一緒に地上へ落ちたが、羽交締は微動もしない。僕は呆れてしまつた。蝉の方がよつぽど大きく、筋骨逞しい様子のくせに、カマキリの奴生れ乍らにして蝉の急所まで心得てゐる。動物といふ奴は端倪すべからざる怪物だと思つたが、親子喧嘩を見てゐると、食堂の主婦はまつたくカマキリであつた。
ハヽヽヽヽヽといふ、突然部屋に爆風のやうな哄笑が起つた。娘である。腹の底からこみあげてくる、いや、全身がひとつの爆風に化したといふ哄笑である。気がふれた――さういふ単純な意味だけではとても説明はつかない。もつと腹の真底から愉快千万だといふ哄笑であつた。おまへの一番大事なものをなくしてやつたぞ。どうだ。思ひ知つたか。ざまを見ろ、といふハッキリした意味があつた。えゝこれでもか、これでもか、と歯をくひしばつて、主婦はもはや完全な気違ひである。突然頭へ手をやつて縮れ毛の頭からピンを抜きとつて逆手にもつ。その手を掴んで僕は逆にねぢあげた。蹴飛ばすやうな勢ひで、やうやく主婦を階段の下へ追ひ降したのである。主婦も下へ
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