降り、誰もゐなくなつてからも、娘の哄笑は五分間ぐらゐは止まらなかつた。娘の部屋へ行つてみると、馬乗りになつてゐた母親の姿だけを取去つたゞけで、あとは全然さつきと変らぬ。仰向けにねて、部屋一杯にこもる爆風をたてながら、左右に身をうねらせてゐるのであつた。
 その翌日の夕方、親達が弁当の配達にでた隙に、自分の着物一包みを持つて、娘は本格的に姿をくらましたのである。

 娘が始めて家出したとき、親父が上つてきて、先生、済んまへんこつちやけれどもどないか探す手掛りおまへんかと言ふ。僕はそのとき病気であつたし、病気でなくとも不良少女の行方など探す気持にはなれなかつたので、この食堂の二階座敷が碁会所になつてをり、そこへ来る常連に特高の刑事で俳句をつくるおとなしい人がゐたから、その人に頼んだらよからうと言つた。けれども親父は僕の部屋をまるで自分の知らない家のやうなびつくり眼《まなこ》で見廻したり、窓から比叡の山々を生れて始めてのやうに眺めたり、先生、あの山になんや赤い物が見えまんなア、なんやらうな、ほんまに……などゝ言つて、僕がウンと言ふまではいつかな動かない。仕方なしに娘の手紙一山、まつたく一山、
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