で寝床から立上つて隣室へでかけた。
 僕は呆然、たゞ見物以外に手の施しやうがなかつた。主婦は馬乗りになり、娘の髪の毛を引きむしり、又、身体の諸方を(或ひは特定の一ヶ所であつたかも知れぬが)力一杯つねつてゐる。骨身に徹して痛む急所と見えて、満々たる敵意を見せて怖れを知らなかつた娘が、歯を食ひしばり、きれ/″\に風のやうな息のみを洩して、もはや身もだへの力もなく痙攣してゐるのである。女同志の真剣な掴み合といふものを始めて見たのであつたが、めくら滅法ぶんなぐる、さういふものとは根柢的に趣きが違ふ。日頃喧嘩に就ての訓練などは全然しないくせに、本能的に相手の急所を知悉してをり、いつたん掴み合ひが始まると無役な過程は何もなく、いきなり相手の急所へ本能的に突撃するといふ動物性の横溢した立廻りのやうであつた。
 数年前、僕は田舎に住んでをり、この時も昼寝の最中であつたが、すぐ窓のそばの梅の木の上に突然蝉の悲鳴が起つた。むなしい羽の風音が悲鳴に交つてきこえる。蜘蛛《くも》の巣にかゝつたのだらうと思ひ、昼寝の邪魔だからひとつ逃がしてやらうと思つて顔を出したら、驚いた。カマキリが梅の木の上で、油蝉を羽交締に
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