、こんな風に言つたかと思ふと、次の瞬間には突然血の気が失せてしまつて、畜生め、どないしてくれたら腹の虫が納まることやら……顔がひきつり、歯が顔の下半分にニュッとひろがり目が吊りあがつてしまつてゐる。女郎に売りとばすぐらゐではとても/\我慢が出来ぬ。もつと残酷に仕返してやらなくては腹の虫が納らないと親父にとも僕にともなく呟いてゐる。
動物の本能に属するところの信仰、祈り、さういふ世界であつた。いはゞ僕はこの方面に不具者だから、戸惑ひするばかりで、てんで太刀打ができなかつた。一時の逆上が落付けば、各々の考も変るであらう。そこで双方の気違ひめいた逆上が納るまで暫く娘を二階に起居させること、両親といへども一切二階へ上らぬことにきめた。
けれども、こんな約束は何にもなりはしなかつた。話がすんだので、僕はさつそく昼寝を始めてウト/\してゐると、主婦が跫音《あしおと》を殺して二階へ上つてきた。忽ちヒーヒーといふ風音のやうな悲鳴が起り、必死に争ふ気配だけれども、格闘の物音は小さく、呼吸の響が狂暴である。痛い。痛い。痛。といふ娘の声がポキン/\材木を折るやうな鈍い間隔を置いて聞えてきた。仕方がないの
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