ゐなかつたのだ。報告をきかされたとたんに、二人の親、動物、の思考がまつたく途切れてしまつたのである。二人の親はジロリ黒い目を見合せた。
「早うに、女郎に売りとばしたら良かつたなア」
 親父が言葉を洩らしたが、主婦は返事をしなかつた。多分、親父はその瞬間に今喋つたゞけの事柄しか考へることが出来なかつたに相違なく、主婦は又、余りに多く様々の恐しい想念が浮びすぎて喋ることが出来なかつたに相違ない。
 親父は子供に対して非常にアッサリした一つのことしか考へてゐなかつた。もともと主婦の姉の子で、親父には血のつながらぬ娘である。だから、愛情などは二の次にして、育てた代りには、老後の面倒を見て貰ふ、親子関係は極めてアッサリとたゞそれだけに限定してゐた。どこの馬の骨や分らん男にやつてしまふたら損やないか、ほんまに阿呆な目に逢ふたもんや、親父は頻りにブツ/\言つてゐる。損、といふ、異常に執拗な観念が鬼のやうに親父の頭の中を狂ひ廻つてゐるのが、分つた。
「分りました。ほんまに先生、お世話様のことゞした。もう、諦めますわ。何もかもこれで済んでしもうた。アヽヽ。ほんまに、えらいこつちや」
 主婦は苦笑しながら
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