処女? その言葉をきいた時に、僕はびつくりした。その言葉に含まれた動物的な激しい意味が閃いたからである。それは男の僕が女を対象に眺めて云々した場合の「処女」といふ意味とはまるで違ふ。たゞ専一に親だけが子供に祈つてゐる「処女」であつた。何か信仰のやうな激しい祈りが感じられて、子供を持たない僕には思ひも寄らない唐突な言葉であつた。人間の中の一番動物的なものを感じたやうな気がしたのである。人間はやつぱり動物だ。こんなにも本能的な信仰を含んだ神秘が実在してゐる。――僕はびつくりして二人の親を眺めたが、思ひもよらず眼前へ出現した二人の動物を呆気にとられて眺めたと云ふ方が当つてゐる。
 僕は万やむを得ず娘を僕の部屋へよんで訊いてみた。男は立命館の予科の生徒で山口といふ名前だと云つた。殺されてもこの家にはゐません、と娘は言つたが、たしかにそれだけの決意をしてゐた。
 僕はこの通りのことを親に報告した。隠しても仕方のないことであらう。あれぐらゐ家を厭がつてゐるのだから、縁がないのだと諦め、娘を手離した方がいゝ。僕はさういふ風に僕の意見をつけたすことを忘れなかつたが、親達はそんな言葉はてんで聴いて
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