とが出来るであらう。僕は心をきめて父母を説いた。父母は詮方なく承知して、娘は着物の包みを持ち、僕にだけ見送られて、二人は永遠に去つてしまつた。
その後、着物が欲しいといふ手紙があつて、僕が二度届けてやつたことがある。捨てゝきた古い家、父母のことを、娘は全然念頭に置いてゐなかつた。あんまり鮮やかに念頭に置いてゐないので、正直なところ、いさゝか感動した程である。
僕が京都を去る直前であつたが、三度目の手紙が来て、最後の着物を届けてくれないかと言つてきた。娘にはもう会はない、死んだものだと思つてゐる、といふ主婦であつたが、一緒に行つてみたいと言ひだした。僕は賛成ではなかつた。けれども、止したまへ、と言ひきるだけの自信もない。娘はそのころ銀閣寺に近い畑の中の閑静な部屋に住んでゐた。主婦は一丁ぐらゐ手前の所で待つことにして、荷物は僕が届けた。お母さんがそこまで来てゐるぜ、と言つてきかすと、娘の顔、娘の全身は恐怖のために化石した。おど/\して、この部屋へくるでせうか、ときくのである。なつかしさ、さういふものは微塵といへども気配がなかつた。僕は主婦に一言の報告もせず、すぐさま別れて銀閣寺をまは
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