つて帰つたが、銀閣寺は箱庭のやうにくだらぬ庭で腹が立つた。
 おせつかい。それを気に病むことがなかつたのである。変に、自信があつた。二人の若い恋人達の未来に就てのことではない。そんなことには、全然、責任を感じなかつた。僕はたゞ食堂いつぱいに漂ひさまようてゐる主婦の肉体の亡魂に就て自信があつた。情緒は末の末である。銀閣寺界隈の娘の侘び住居へ忍び寄つてほろりとしてゐる等といふのは悪趣味も甚しい。そんな所に、あなたはゐない。あなたの血液は食堂の中で煮え狂ひ、亡魂は重なる呪咀と悔いのために歯ぎしりしてゐる。――それを僕はむしろ甚だ可憐だと思つた。親爺も亦最も可憐であつた。京都を去るとき、主婦はたしか甘栗と八橋を汽車の窓から投げこんでくれたやうだ。かうして僕は京都に別れを告げた。可憐なる人々よ。さようなら。



底本:「坂口安吾全集 03」筑摩書房
   1999(平成11)年3月20日初版第1刷発行
底本の親本:「真珠」大観堂
   1943(昭和18)年10月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:nor
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